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流星の研究
直径がmm程度のメテオロイド(meteoroids=流星体)が、秒速数10kmの超高速で惑星間空間から地球大気に突入する際に生じる現象が「meteor=流星」である。流星が発光する中間圏~熱圏下部(高度80~100km付近)では、マッハ40~240(秒速12km~72km)の強い衝撃波を伴う極超音速流が流星体の周辺に生じる。このとき流星体は、(a) 淀み点付近の高温圧縮大気層(衝撃層)からの対流加熱と、(b) 衝撃層と衝撃波からの輻射加熱の2種類の加熱に曝され高温になり、固体表面から溶融・昇華したガスは、大気中の原子や分子と衝突することで励起され、大気起源の励起種と共にプラズマ発光する。この一連の加熱とアブレーション発光を理解する目的で現在取り組んでいるのが、(1) JAXA/ISAS・アーク加熱風洞(惑星大気突入環境模擬装置)を用いた流星アブレーション実験、(2) 東京大学木曽観測所・シュミット望遠鏡+Tomo-e Gozenカメラと京都大学生存圏研究所・MUレーダーを用いた微光流星の同時観測、(3) 低軌道衛星から流星体を放出して再突入させる人工流れ星実験や地球帰還カプセル観測、(4) 化学種を考慮した非平衡流れ解析および輻射加熱計算などである。(3)は、宇宙ベンチャー「株式会社ALE」と協力し、形状・組成・密度・熱伝導率が既知の直径数cmの流星体を、突入速度(秒速約8km)、突入角度、突入日時と場所をコントロールしながら大気再突入させて、精緻な観測を行うことで、流星発光メカニズを探求する計画である。2019年にJAXA・イプシロン4号機ロケットと海外ロケットにより、衛星を2機打上げて2020年以降の実験に臨む。また、2020年末には、小惑星サンプルリターン探査機「Hayabusa2」の地球帰還カプセルを人工流星に見立てた観測を行う計画である。月面衝突閃光の研究
メテオロイドが秒速数10kmで月面に衝突すると、運動エネルギの一部が可視光から近赤外線波長のエネルギに変換され、閃光として観測されるのが「月面衝突閃光(Lunar Impact Flash、以下LIF)」である。地球から見た典型的なLIF現象は、最大発光点で5~10等級、継続時間0.01~0.1秒、質量数g~数百g(直径数cm~数十cm)のメテオロイドによる衝突閃光だと見積もられている。しかし、月光(月面昼側 )に対して非常に暗いため、夜側部分が大きくなる三日月から半月頃の月齢で、月面夜側部にしか検出されない。月面を巨大な望遠鏡に見立てた観測から、流星と小惑星を繋ぐサイズ領域の衝突頻度を効率的に調べることができ、将来の人類による月面進出の際のリスク評価にも役立つ。2018年に日大理工・船橋キャンパスにLIF観測専用の口径40cm望遠鏡を設置して、電通大・JAXA・会津大・台湾・フランスなどとLIF協定観測を行なっている。また、東大とJAXAが開発中の超小型6U深宇宙探査機EQUULEUSに搭載されるLIF観測カメラDELPHINUSの開発も阿部研主導で行なっている。深宇宙有人ロケットNASA-SLS初号機の相乗り衛星として2020年に打ち上げられ、地球-月ラグランジュ(L2)点航行技術実証ミッションを通して、人類初となる宇宙からのLIF観測も狙う。深宇宙ゲートウェイ(月周回ステーション)からのLIFの可視-赤外観測も提案中である。更に、JAXA/ISAS・超高速衝突実験施設を用いたLIF模擬実験や複数の物質での衝撃波を扱う衝突数値計算など、LIF発光現象の物理解明と地球-月系(シスルナ空間)環境理解に向けた観測-探査-実験-計算からのアプローチを行っている。小惑星の研究
地球衝突危険性小惑星(PHA=Potentially Hazardous Asteroid)でもあるCタイプ小惑星Ryuguを探査中のHAYABUSA2に搭載されているレーザー高度計LIDARの運用と科学データの解析から、小惑星Ryuguの詳細形状モデルの構築、LIDAR波長1.06μmでのアルベド(反射率)の全球地図と地形・鉱物種の関連調査、表面粗さ測定からの形成過程の推定、深層学習を応用したデータ処理に取り組んでいる。次期小惑星探査機「DESTINY+」のターゲットは、「ふたご座流星群」母天体のBタイプ小惑星Phaethonである。Phaethonの表面温度は、0.14天文単位の近日点通過前後で1,000Kを超え、彗星が枯渇した彗星-小惑星遷移天体(CAT)であると考えら、Phaethonから分裂した小惑星2005 UDも発見されている。同様のペア小惑星として、Sqタイプ小惑星Icarusと2007 MK6が知られている。自転周期が2.27時間と高速自転しているIcarusは、熱輻射によるYORP効果で自転が加速されたと考えられ、脱出速度を超えた表層物質が再集積して衛星・ペアが形成された可能性が高い。これらの分裂小惑星群の自転に伴う分光観測を地上望遠鏡を用いて行うことにより、表面物質の不均質性や太陽加熱の影響などを調べ、加熱モデルも応用しながら分裂メカニズムについての研究を行っている。これらの天体は、地球に落下する隕石や流星群の母天体であるため、物質化学的な起源の研究のみならず、非重力効果(太陽光圧やYarkovsky効果など)を考慮した数値計算を用いた天体力学的な進化と流星群の関連についても取り組んでいる。【流星の分光】流星は,彗星や小惑星から放出された塵(ダスト,メテオロイド)が地球超高層大気中に超高速(秒速12-72km)で突入し,地球大気原子分子と流星からの蒸発物質が衝突して励起されたプラズマ発光現象である。流星発光を分光器で観測を行うことにより,発光物質の組成比やプラズマ励起温度などの物理化学素過程を調査することが可能となる。また,流星を2地点(基線100km以上)から観測することにより,パララックスから軌道を決定することができる。流星の分光観測と軌道決定を組み合わせることにより,母天体の力学的・物質化学的特徴も推定できるため,地上からの流星観測は,探査機を使わない地球に居ながらにした間接探査とも言える。また,流星の分光観測は,室内で模擬することが不可能な超高速衝突発光現象の理解,地球帰還カプセルの開発にも役立つと期待される。更に,スプライト(Sprites),エルヴス(Elves)などのTLE(Transient Luminous Event)と呼ばれる未解明の超高層雷光現象(宇宙へ飛んで行く雷放電)にも,分光学的アプローチで取り組む。(参考文献;「しし座流星群」がもたらした流星天文学,しし座流星群国際航空機観測ミッション(Leonid MAC))
【流星の軌道】流星・火球の分光観測と同時に,多地点からの撮像観測から軌道を決定し,母天体同定や地球流入物質の起源を統計的に調査する.また,国立極地研究所,国立天文台,スウェーデン宇宙物理研究所と協力しながら,京都大学生存圏研究所の直径103mのMUレーダー観測所を用いた流星ヘッド・エコー観測から得る流星軌道データベースを用いた研究を行う.更に,彗星から放出されたダストが形成するダスト・トレイルの力学的進化を,国立天文台の計算機群を用いて計算して,流星群予報を行う.
【小惑星】太陽の反射光で光る小惑星の自転に伴う光度変化を「ライトカーブ(lightcurve)」という.望遠鏡観測から得られるライトカーブから,小惑星の自転周期,自転軸方向,形状や衛星の存在を調べる.一方,分光観測からは,地上で採取された隕石と対応する小惑星タイプを決定して,表層の鉱物や水の存在,宇宙風化などの表面状態についても調査する.これらの観測は,国内外の複数の共同利用天文台に観測時間を申請して遂行していく. 地球軌道に接近する地球近傍小天体(NEOs; near-Earth Objects)や地球衝突危険性天体(PHOs; Potentially Hazardous Objects)は,地球軌道に近い(或は交差している)ため,少ない燃料と時間で探査機で到達できる格好のターゲットである。はやぶさ探査機が探査を行った小惑星イトカワ,はやぶさ2探査機が目指す小惑星1999 JU3も地球衝突危険性天体PHOである(地球衝突確率は100万年に一回)。NEOs/PHOsはまた,地球に落下する隕石の起源と考えられているが,NEOs/PHOsと落下隕石や流星・火球との関連については未解明である。軌道力学進化と物質科学的なアプローチから,隕石・火球と関連母天体のリンクについての研究を行う。
【小天体探査】「はやぶさ2」は、小惑星イトカワを探査して、表層試料を地球へ持ち帰った「はやぶさ」の後継機です。イトカワはS型と呼ばれるケイ素質の岩石小惑星だったのに対して、「はやぶさ2」が向かう小惑星「1999 JU3」はC型と呼ばれ、炭素系有機物や水を多く含む直径900mほどの炭素質の岩石小惑星です。地球に落下した炭素質隕石は、超高速大気突入時の空力加熱によって、有機物や水が変性ないし失われてしまった状態であるため、母天体からフレッシュな状態のサンプルを地球へ持ち帰る必要があります。太陽系形成時の有機物や水を調べ、地球の生命や海を構成する有機物の起源について調査します。 「はやぶさ2」は、2014年末に打ち上げが予定され、2018年初夏から約1年半の長期間、小惑星と並走しながらリモート探査と複数箇所からの試料採取を行い、2020年末に地球へ帰還します。小惑星表面物質は、宇宙風化によって変性している可能性があるため、爆薬を起爆して、加速された金属塊を衝突させて形成される人工クレーター内部からの試料採取も試みます。太陽系小天体探査の最前線から送られてくる「はやぶさ2」のデータを吟味して、小惑星の地形、組成、内部構造などの物理化学的な性質、軌道進化や形成過程と起源について紐解く研究を行います。また、惑星間空間から直接地球大気へ超高速突入する帰還カプセルの発光を「人工流星」に見立てた科学的な観測を、2020年末に豪州の砂漠で行うことも計画しています。小惑星到着までは,「はやぶさ2」のサイエンスの準備の他,「はやぶさ初号機」で得られたデータをしゃぶり尽くします。 (参考文献; Mass and Local Topography Measurements of Itokawa by Hayabusa (S. Abe et al. 2006, Science 312(5778): 1344-1347), はやぶさ探査機による小惑星イトカワの質量と局所地形の計測(サイエンス・プレスリリース), はやぶさレーザ高度計(LIDAR)による科学成果,「はやぶさ」によるイトカワの「サイエンス」特集!,イトカワの砂)
【人工流星】2010年6月,はやぶさ探査機とカプセルの地球帰還再突入発光(突入速度;秒速12km)の撮像・分光観測をJAXA光学班として実施した。我々(e.g., Abe et al. 2011; Fujita et al. 2011)の観測により,地球帰還カプセルの灰色温度は高度42kmで約2400Kと設計通りの性能を示したことが確認された。アブレーター素材(熱防御材)の炭素(カーボン・フェノール)と大気中の窒素が化合して生成されたCN分子が近紫外域で観測され,窒素分子N2+(1-)の近紫外線発光からは,カプセル周りのプラズマ振動温度が13,000Kと非常に高温であることが分かった。一方,探査機本体のプラズマ電子温度は,4500-6000Kの範囲で変化していることが分かった。探査機が高度63kmで大爆発(満月と同じ-13等級に達)した後に鉄が溶融してFe/Mg組成比が10倍に急上昇し,気化した鉄が大気中の酸素と化合して酸化鉄(FeO)も生成された。低空約54kmでは,リチウム・イオン電池が爆発し,顕著なLi輝線と共に探査機はやぶさは,紅蓮の光を放って地球大気中に雲散霧消した。更なるデータを詳細解析し,発光モデルと比較することで流星発光過程を理解するだけでなく,国際宇宙ステーション補給機「こうのとり」の再突入発光や,将来の再突入機観測(はやぶさ2,Osiris-Rexなど)にも役立てていく研究を行う。(参考文献;Near-Ultraviolet and Visible Spectroscopy of HAYABUSA Spacecraft Re-Entry (S. Abe et al. 2011)、「はやぶさ」おかえりー ~はやぶさ最後の輝き~)
【人工流れ星実験】低軌道衛星から流星模擬体を地球大気へ突入させて,人工的に流れ星を発生させる。本プロジェクトは,株式会社ALE(岡島礼奈社長),東北大学・桒原聡文博士,首都大学東京・佐原宏典博士,神奈川工科大学・渡部武夫博士との共同研究として進めている。アベラボでは,流星源の開発,流星アブレーション・プラズマ実験,流星アブレーションモデル計算や地上観測などを担当し,世界初の人工流れ星の事業化に協力しています。
【流星痕プラズマ】永続痕は,流星や飛翔体通過後に非常に稀に高度70-90kmの付近に長時間残る発光プラズマ雲である。数十秒から数十分に及ぶ永続痕も発生するが,発光メカニズムについては不明な点が多い。Abe et al. (2005)の分光観測からは,発光後15秒程度で超高層大気中の温度と同じ200K程度まで冷却することが示された。このことから,長時間発光が熱的な発光から,化学エネルギーによるルミネッセンスに遷移することが推察される。中間圏と熱圏の圏界面付近でしか発生しないことから,物理化学的な発生メカニズムと超高層大気の条件などが関与していると思われる。観測結果と化学計算などを使って,永続痕の発光メカニズムについて研究する。(参考文献;Video and Photographic Spectroscopy of 1998 and 2001 Leonid Persistent Trains from 300 to 930 nm (S. Abe et al. 2004) Research Gate(PDF))
【宇宙からの流星観測】流星に含まれる炭素(C),水素(H),硫黄(S)などの有機物は,オゾン層の吸収により地上からの観測が困難な遠紫外線領域でプラズマ発光を行う。宇宙から流星の分光観測を行うことにより,地球に到来する有機物=生命前駆物質の探査を行うことが可能となる。宇宙からの流星の分光観測は,これまで米国スパイ衛星による1例のみである。生命の宇宙起源説を検証する宇宙生物学の一環として,小型衛星や国際宇宙ステーション搭載を想定した遠紫外-紫外線分光器カメラの開発に取り組む。また,広範囲を見渡せる宇宙からの流星観測からは,これまで分かっていない微小小天体(数十センチメートルからメートルサイズ)の地球衝突頻度を統計的に確かめることができる。つまり,地上望遠鏡での検出が困難な微小小天体のフラックスを,地球大気を巨大な望遠鏡に見立てた宇宙からの観測で物質科学も含めて明らかにする研究に取り組む。(参考文献;Detection of the N2+ First Negative System in a Bright Leonid Fireball (S. Abe et al. 2005))