DELPHINUS デルフィヌス

超小型深宇宙探査機「EQUULEUS (EQUilibriUm Lunar-Earth point 6U Spacecraft)」に搭載される「DELPHINUSDEtection camera for Lunar impact PHenomena IN 6U Spacecraft)」は,月面衝突閃光と小惑星の観測を行うことを目的とした,可視光カメラシステムです。「いるか座 DELPHINUS(デルフィヌス)」は,全天88星座のうち20番目に小さな星座ですが,5つの4等星から成る形は美しく,夏の星座の片隅を彩ります。そして,全天で2番目に小さな星座である「こうま座 EQUULEUS(エクレウス)」と接しています。「いるか座 DELPHINUS」は,Dolphin(イルカ)のラテン語で「デルピーヌス」と発音しますが,米国NASAのミッションで打ち上げられますので,本ミッションでは英語の「デルフィヌス」の発音を採用します。EQUULEUSミッションでの愛称(略称)は「デルピー (DLP)」です。
※学術用語としてして使用する星座名は平仮名またはカタカナ表記することが「文部省学術用語集 天文学編(増訂版)日本学術振興会」で定められています(占星術においては,その限りではありません)。

ミッションの内容

  1. 月面衝突閃光の観測(Lunar Impact Flash)
  2. 直径がcm〜mのメテオロイド(meteoroid)と呼ばれる惑星間空間の微小天体が,秒速数10kmという超高速で月面に衝突すると,その運動エネルギの一部が可視光から赤外線領域の光として観測される。この発光を月面衝突閃光(Lunar Impact Flash)と呼びます。閃光の継続時間は,0.01〜0.1秒程度と短いため,観測には超高感度のビデオカメラが必要です。月面の表面積3,800万km^2の1/4分程度(半月)をモニターできることから,地上の単点観測でモニターできる空の領域の約100倍を一度に見渡すことになり,地球での隕石衝突に匹敵するmサイズの大きさのインパクトフラッシュの観測確率が格段に向上します。また,月面衝突閃光は,地球から見て5〜9等級と月明かりに対して暗いため,月の夜側(月の欠けて暗くなっている部分)でしか観測できません。地球から月面衝突閃光を観測する場合,夜側部分が大きくなる三日月頃の観測条件が良くなります。ところが,三日月の頃は,夜側部分に地球に反射した太陽光が当たるため,うっすらと見える「地球照(ちきゅうしょう)」と呼ばれる現象が背景光となり観測の邪魔になります。
    Left; NASA's Scientific Visualization Studio Right; Marshall Space Flight Cente
    地球から行う月面衝突閃光観測では, などの観測の制約やバイアスが生じます。一方,月の裏側の地球-月系ラグランジュL2ハロー軌道に停留するEQUULEUSからは, というメリットがあります。一方で, のようなデメリットもあります。これらの対策として, を行っています。DELPHINUSは,1/3インチCCDを用いて1/60秒おきに間断なくビデオ撮影を繰り返します。電気ノイズや宇宙線などの類似閃光による誤検出をなるべく防ぐ目的で,隣り合った2台のカメラで月面衝突閃光の同時観測を行います。探査機上のDELPHINUS専用FPGA(Field-Programmable Gate Array)とCPUによって,同時刻に同位置に発生した発光を月面衝突閃光候補として自動検出を行い,イベント候補画像のみを地球に送信する仕組みになっています。
    Earth-Moon Lagrange Points (J. C. Conway)

    DLPによる月面衝突閃光観測の科学的意義

    月面衝突閃光観測で期待される最大の科学的成果は,地球周辺の直径cm〜数10cmサイズのメテオロイド・ダストの個数分布とその時間変化(フラックス)が明らかにされることです。地上の望遠鏡で観測される直径数10mサイズ以上の小天体(小惑星や彗星)の個数分布と,光やレーダーを用いた流星観測で計測される直径μm〜mmサイズのダストを繋ぐ領域を,DELPHINUSによる月面衝突閃光観測で埋めることができます。地球大気圏に突入した場合に金星よりも明るい大火球となるような直径cm〜数10cmサイズのメテオロイドは数が少ないため,観測可能な天空領域が限られた地上観測では非常に稀にしか観測されません。一方,月面全体が月面衝突閃光を通したメテオロイドの望遠鏡代わりになることで,検出確率が数10倍に向上して統計的に意味のある十分な数の観測が可能になります。NASAが口径40cmクラスの望遠鏡を使い約8年間で捉えた月面衝突閃光数(約300イベント)を,口径4cm足らずのカメラを搭載したDELPHINUSによる延べ1ケ月程度の観測(約半年のミッション期間中)で達成できる見積りです。

    Left: John M. C. Plane (2012), Right; Peter G. Brown, et al. (2013)
    月面上で200個以上のクレーターが新たに同定され,直径が10メートル以上のクレーターの総数が現在のモデルによる予測を33%上回っていることが,NASAのルナー・リコネサンス・オービターによって発表されました(Speyerer et al., Nature 538, 13 October 2016)。現在でも月面にはmサイズのクレーターが形成されるようなメテオロイドの衝突が起きていることが定量的に示されました。月面衝突メテオロイドを定量評価を行うことは,人類が再び月面に降り立ちインフラ整備を進めて行く上で,メテオロイドの月面衝突環境評価や月面衝突予報が欠かせなくなることが予想されます。人類初の「月面衝突閃光の宇宙からの観測」と「月面(裏)衝突閃光の観測」を実現させることが第一目標です。

  3. 小惑星とミニムーン (Asteroids & Mini-Moons)
  4. 地球に接近する地球近傍小惑星やメテオロイドが地球に近接遭遇した際に,地球の重力に捕獲されて「地球の第二の月」になることが,近年の理論的研究と観測結果から明らかになってきました。これらの天体を総称して,「一時的(地球重力圏)捕獲天体 (TCOs=Temporarily Captured Orbiters)」とか「ミニムーン (Mini-Moons)」と呼びます。地球の月と異なるのは,ミニムーンは,力学的運動中心は太陽でありつつ,地球の周りを回るように運動する天体です。直径が3-6m程度と推定される小惑星2006 RH120は,2006年9月から2007年6月までの1年弱,ミニムーンになっていたことが判明しました。また,2016年には,100年ほど前にミニムーンになったと考えられる直径40-100m程度の小惑星2016 HO3が発見され,今後数百年間も引き続きミニムーンであることが予想されています。理論モデルによると,直径1mのミニムーンは常に2個,10cmサイズだと常に1000個ものミニムーンが存在していることが示唆されています。実際に,ミニムーンが地球大気圏に突入した火球も発見されました。流星の0.1%(1000個に1個)は,ミニムーン由来であるとも言われています。典型的なミニムーンの地球との相対速度(対地速度)は,約2km/sと超低速であるため,探査機によるランデブーが容易であることが明白です。一方,2016年現在,地球近傍小天体(NEOs=Near-Earth Objects; 多くは小惑星)は,約15,000個発見されており,月軌道の内側まで侵入するNEOも毎年のように発見されるようになりました。現在の既知のカタログからも,ミッション期間中にDELPHINUSで観測可能な彗星・小惑星はありますが,観測可能なミニムーンやNEOが発見され次第,臨機応変に対応する予定です。

    DLPによる小惑星観測の科学的意義

    地上望遠鏡と連携してミニムーンやNEOをDELPHINUSで観測することにより,天体の位置測定から軌道決定に貢献し,明るさの時間変化から自転周期決定に貢献できることが考えられます。ミニムーンやNEOを観測(あるいは発見)するための長時間シャッターモード(露光時間~30秒まで)をDELPHINUSは搭載しています。更に,ランデブー可能なミニムーンやNEOが発見された場合,EQUULEUSがフライバイを試みることも想定されますので,近接撮像を行う際の高速シャッターモード(露光時間1/4000秒まで)をDELPHINUSは用意しています。将来の宇宙資源利用には,ミニムーンやNEOなどが採掘対象になることが有力で,「シスルナ空間(Cis-Lunar region)」に人類の活動範囲が広がり,地球-月系ラグランジュ点が宇宙物資輸送の港として考えられていますので,EQUULEUSミッションは,将来の宇宙資源利用のパイオニア的存在になることが期待されます。
Left; ESA - P.Carril, Right; K. Teramura, UH, IfA

ラグランジュ点から月面衝突閃光を狙え!

(ISAS News No.481, 2021/4月号 補完バージョン)

NASAからの要請

2016年2月、宇宙科学研究所にて、柳澤正久(電気通信大学)、矢野創(ISAS)、船瀬龍(東京大学)に私が招集される形で、エクレウスに搭載するオプション機器が検討されました。世界初の宇宙からの月面衝突閃光観測は、「将来の有人探査を推進するのに役立つものであること」というNASAの要請にも合致し、超小型で実証する意義は大きいと意見が一致しました。デルフィヌス(いるか座)「DELPHINUS: DEtection camera for Lunar impact PHenomena IN 6U Spacecraft)」は、夏の夜空に「エクレウス(こうま座)」と並ぶ小さな星座から名を冠しています。

地球にぶつかる天体は,月面にもぶつかる

彗星や小惑星を起源とする直径μm〜m(質量換算10^-15〜10^4 kg)の固体物質である流星体(メテオロイド)が秒速数10kmで地球大気に突入する際の発光現象が「流星」です。一方、大気の無い月面にメテオロイドが直接衝突すると、「月面衝突閃光(Lunar Impact Flash、以下LIF)」が可視光から近赤外波長域で発生します。地球から観測される典型的なLIFは、直径数cm〜数10cmのメテオロイドの衝突に伴う、明るさ5〜10等級、継続時間0.01〜0.1秒の閃光で、1999年の「しし座流星群」の際に初めて観測された現象です。

なぜ月面を使うのか?

直径数cm以上のメテオロイドが地球大気に突入した場合は、「火球」となります。一方、地上から見上げた夜空の約100倍の大きさの月面夜側のLIFを観測することで、稀にしか現れない火球サイズのメテオロイドの地球-月への衝突頻度とサイズ分布を効率的に調査することができます。近年、NASAの月周回衛星LROによる月面高解像度撮影から、数年以内に形成された直径43m以下のクレーターが200個以上発見されています。さらに衝突に伴うクレーター放出物のうちレゴリスと呼ばれる細かい粉体は低重力下の月面では遠方まで飛ばされ、従来理論より100倍も速い約8万年で月面表層数cmを覆い尽くすことが分かってきました。つまり継続的なLIF観測は、メテオロイドの衝突と放出物飛散による月有人活動へのリスク評価に関わる、重要な月面環境モニターともいえます。

短期間でのカメラ開発

DELPHINUSの開発では、まず、高感度CCDイメージセンサ搭載で宇宙実績のあるワテック株式会社のT065カメラモジュールを、北海道大学と東北大学から提供していただきました。また、太陽離角45度までの観測を達成し、月面の昼側からの迷光を低減する遮光板をセンサー前に設け、可視光の99.965%を吸収するカーボンナノチューブから構成される「ベンタブラック」を鏡筒内部のコーティングに採用した焦点距離50mm/F1.4レンズを、株式会社コシナの協力で新規開発しました。一方、毎秒60枚のVGA白黒画像を連続取得してLIF候補を機上でリアルタイム検出しながらクリップ画像を生成するための画像処理用FPGA基板は、イメージテック株式会社の協力で新規制作しました。また、電気ノイズや宇宙線などの誤検出を除外するため、2台のカメラを搭載しています(図)。DELPHINUSの各種試験・性能評価、LIFシミュレーターや専用画像処理アルゴリズム開発などは、日大(布施綾太、増田陽介、針間匠作)、電通大(島田隆司、山本健司、小林凌)、東大(五十里哲・助教、藤原正寛、近藤宙貴、他)の学生らの研究テーマとしても取り組んできました。

月面を巡る最新の動向

NASA成層圏赤外線天文台「SOFIA」による航空機観測から、月面全体に水分子が存在することが示唆され、NASA月大気・塵探査機「LADEE」に搭載された質量分析器により、年間を通した多数の流星群極大時のタイミングで月面から水蒸気が放出されていることが発見されています。これらの現象を理解する上でも、メテオロイドの月面衝突現象のメカニズムを詳しく知る必要があり、我々のグループでは、地上観測や室内実験にも取り組んでいます(図)。

将来の有人月面利用に向けて

地上観測によるLIFの発生頻度は数時間に1回程度、流星群極大時では1時間に数回発生することもあります。NASAは、2006年からの観測で約500イベント、 2017年から観測を開始したギリシャのNELIOTAでは約100イベントのLIFの観測に成功していますが、地上観測では、朔望月のうち三日月から半月の限られた観測期間に加え、地球で反射した太陽光が月面夜側を照らす「地球照」という悪条件が重なり、統計的な議論を行う良質なデータが不足しています。超小型6U探査機EQUULEUSで向かうEML2ハロー軌道から月面衝突閃光観測を実証し、将来の月周回有人拠点からの観測などにも繋げていきたいと考えています。

DELPHINUSの開発体制

人類初の「超小型探査機による月裏(EML2)探査」と「月面衝突閃光の宇宙からの観測」を実現させる「超小型探査機 EQUULEUS」搭載「月面衝突閃光カメラ DELPHINUS」への皆様の応援を今後ともよろしくお願いいたします。

問い合わせ先;阿部新助(日本大学理工学部)

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