はやぶさ探査機による
小惑星イトカワの質量と局所地形の計測

Mass and Local Topography Measurements of Itokawa
by Hayabusa


サイエンス(Science)、2006年6月2日号掲載
Science Home Page


(JAXA/ISAS 提供)


著 者


阿部新助1*, 向井正1, 平田成1,3,
Olivier S. Barnouin-Jha2, Andrew F. Cheng2,
出村裕英3, Robert W. Gaskell4, 橋本樹明5, 平岡賢介1,
本田隆行1, 久保田孝5, 松岡正敏6, 水野貴秀5, 中村良介7,
Daniel J. Scheeres8, 吉川真5


1) 神戸大学大学院自然科学研究科
2) The Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory, USA.
3) 会津大学
4) Jet Propulsion Laboratory (JPL), California Institute of Technology, USA.
5) 宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究本部 (JAXA/ISAS)
6) NEC航空宇宙システム(株)
7) 産業技術総合研究所
8) Department of Aerospace Engineering, University of Michigan, USA.

*論文主著者連絡先 E-mail: avell @ kobe-u.ac.jp


概 要



解 説


2003年5月9日,鹿児島内之浦(現在の肝属)からMV5号ロケットで打ち上げられた探査機「はやぶさ(MUSES-C)」は,約20億kmの惑星間空間飛行の後,2005年9月12日に地球から3億km離れた小惑星「イトカワ(25143 Itokawa)」に到着しました。「はやぶさ」ミッションの目的は,将来の惑星探査に必要な技術を実証することであり,小惑星とのランデブーは史上初の方法で行われました。従来,探査機が目的の天体に達した場合,通り過ぎる(フライバイする)ときに観測するか,天体の重力に頼って周りを回る軌道に入るか,もしくは急ブレーキをかけてランデブーするしかありませんでした。しかし,「はやぶさ」は地球からの指令・操縦だけに従うのではなく,搭載されたカメラやレーザーのデータを探査機自身で判断してゆっくりと小惑星に近づき,小惑星の近くで静止してランデブーする非周回・並走型の探査が,11月末までの約3ヶ月間行われました。

イトカワは,直径が550mほどのジャガイモ型で(体積は東京ドームの15個分相当),これまで探査が行われたことのない前人未到の小さな小惑星です。私たちの研究では,表面重力が地球の10万分の1ほどしかない(重力圏脱出速度は秒速20cm以下),いびつで微小な天体の重力を,周回をしない探査機の軌道から求めることに成功しました。私たちが探査に使った搭載装置LIDAR(ライダー)は,探査機からレーザ光を送信して,小惑星に反射したレーザを受信するまでの時間差から距離を測るレーザ高度計です。小惑星に対する探査機の位置を正確に知ることで,レーザ測距値から小惑星表面の起伏を約1mの精度で計測することにも成功しました。

私たちの重力計測から得られた小惑星の質量と,会津大(出村裕英ら)とJPL(R. Gaskell)のチームが求めた小惑星の体積より,イトカワの平均密度は,1.95 g/cm3 と求まりました(地球の平均密度は5.5 g/cm3,火星は3.8 g/cm3)。平均密度は,金属の含有量の違いを反映していますが,イトカワの場合は構成物質の金属含有量だけでは説明できません。小惑星イトカワの分光観測から,その表面は,コンドライトと呼ばれる石質隕石に分類される鉱物で平均的に覆われているSタイプ小惑星ということが分かりました(安部正真(ISAS/JAXA)ら,岡田達明(ISAS/JAXA)ら)。従って,小惑星イトカワは,コンドライトとほぼ同じ岩石で構成されていると考えるのが妥当です。地球に落下して回収されたコンドライトの統計的な分析によって,その密度は約3.2 g/cm3 ということが分かっています。つまり、コンドライトで構成されるイトカワの内部には、約40%の空洞がないと,1.95 g/cm3 という低い密度を説明することができないのです。

イトカワのような微小な小惑星の空隙率が約40%もあるという結果は,驚くべき発見です。

現在のイトカワは地球軌道と交差する近地球型小惑星(NEO)ですが,今から数百万年前に,火星と木星の間にある主小惑星帯の中で起こった小惑星同士の衝突で破砕した破片が再集積して形成され,軌道進化した小天体だと考えられています(P. Michel(フランス・ニース天文台) & 吉川真(ISAS/JAXA))。このように,衝突でできた破片(がれき)が重力で再び集まって形成された小天体の内部構造を,ラブル・パイル(rubble pile)構造と呼び,シミュレーションや室内実験などから,少なくとも20%以上の高い空隙率を持つことが示唆されていました。これまで行われた探査では,イトカワと同じSタイプ小惑星である「イダ(Ida)」と「エロス(Eros))」の空隙率は共に約20%です(これらのSタイプ小惑星の大きさは,イトカワの50倍~100倍近くもあります)。しかし、滑らかな表面地形に覆われていること、天体の大きさに匹敵するような亀裂構造が見られること、重心と形状中心がほぼ一致することなどから、内部構造は均質で、ラブル・パイル構造ではない(あるいはその構造が失われている)可能性が指摘されており、空隙率が20~30%はラブル・パイルへの遷移領域と修正されて論争が続いています。

一方,イトカワの表面地形は,mm~cmサイズの比較的揃った小石からなるスムース(滑らか)な領域(ミューゼスの海; 矢野創(ISAS/JAXA)ら)と,多くの岩塊(ボルダー)が堆積したラフ(起伏の大きな)領域からなっており,内部構造の一部がその表面に顕われている結果と考えられます(藤原顕(ISAS/JAXA)ら, 斎藤潤(ISAS/JAXA)ら)。私たちのLIDARの表面計測からも,スムースな”ミューゼスの海”の平均粗さが0.6mに対して,ラフな「筑波ボルダー」の平均的な起伏(粗さ)は2.2mということが分かりました。「筑波ボルダー」の平均粗さは,NASA探査機「NEAR」搭載のレーザ高度計が計測した小惑星「エロス(Eros)」上の巨大クレータの内壁部の粗さと同等なことから(A.F. Cheng & O.S. Barnouin-Jha(ジョン・ホプキンス大/APL)),これらの形成履歴が類似していることも示唆されます。

また、自転周期が2時間より速いと遠心力が大きくなるため、一枚岩構造の小惑星のみが生き残ると考えられていますが(P. Pravec(チェコ・オンドジェヨフ天文台)ら)、イトカワの自転周期は約12時間です。そして、約40%という高い空隙率と,起伏に富んだ表面地形などから鑑みて,衝突破壊でできたがれき同士が、重力で緩く繋がったラブル・パイル小惑星であるということが結論付けられます。イトカワと同じSタイプ小惑星の中で、イトカワは密度が最も小さく、空隙率が最も大きい小惑星で、(サブkmサイズの小惑星としても)初めてのラブル・パイル小惑星であるということが明らかになりました。今回の発見は、これまで衝突破壊実験や理論計算から提唱されてきたラッブル・パイル構造の存在を明らかにしただけでなく、小惑星の形成過程について明らかにする大きなヒントを得たことになります。


彗星や小惑星などの小天体の内部構造を調べることは,その天体の形成過程や,太陽系形成の謎を解明する手がかりになるだけでなく,将来,このような小天体が地球に衝突するのを回避する防御手段をこうじる上での貴重な情報にもなり得ます。実際、小惑星イトカワは、将来地球に衝突する可能性があり、「はやぶさ」は衝突危険天体の初めての探査とも言えます。しかし,実際に小天体の質量や密度,空隙率を調べることは難しく,「はやぶさ」のように探査機を小天体の極近傍まで送り込んで,初めてその詳細な素顔が明らかになります。「はやぶさ」ミッションの多くの困難と経験を通して私たちは,どうやって小天体を探査すればいいのかということを学ぶことができました。そして、その成果は、日本の惑星科学の貢献にとどまらず,人類の新たな知見として評価されました。「はやぶさ」で得た知識と経験を生かし,日本が彗星・小惑星探査のパイオニアとして今後も同様のミッションが継続されれば,大きな科学的成果が生まれることでしょう。

※「はやぶさ」プロジェクト・マネージャ;川口淳一郎教授(ISAS/JAXA)
※「はやぶさ」サイエンス・マネージャ;藤原顕教授(ISAS/JAXA)

※ 平均密度=質量/体積
※ 空隙率=1-物質が占める体積/全体の体積=1-平均密度/構成物質の密度=1 - 1.95/3.2 ~ 0.4=40%
※ ラブル・パイル(rubble pile);天体同士の衝突でできた破片が再集積して形成された小天体の内部構造を指す。
※ サンプル回収を試みた「はやぶさ」は,2010年6月に地球に帰還する予定で運用が継続されており,サンプルが入ったと期待されるカプセルを惑星間空間から直接大気圏に突入させて,オーストラリアで回収します。

※ 本研究は,米国科学雑誌「Science (2006), 312, 1344-1347」(2006年6月2日号) に掲載されました。




図1:「はやぶさ」搭載機器LIDARとその緒元

LIDAR(フライトモデル)の高解像度写真




図2:LIDARが小惑星に当たった数(9月10日~11月25日);167万回





図3:近赤外線分光計(NIRS)を使った,小惑星上のLIDARビーム位置の確認
小惑星に反射したLIDARのレーザ光をNIRSで受信した。

高解像度図版





図4:「はやぶさ」の影を使ったLIDAR測距値の確認
小惑星表面に落ちた探査機の影の大きさから,探査機から計測したLIDAR測距値が一致していることを確認した。





図5:LIDARによる局所地形の計測

高解像度図版(zip圧縮)





図6:2005年11月の小惑星降下時のLIDAR測距値





図7:探査機位置の計測方法

高解像度図版(zip圧縮)





図8:LIDARによる小惑星イトカワの質量決定
A:LIDAR測距値,探査機のスラスタの影響見積もりと質量決定期間

B:イトカワ固定座標系における探査機運動の最適解から求まる質量


高解像度図版(zip圧縮)




図9:これまでの小惑星探査結果との比較






図10:内部の密度を一定と仮定した時のイトカワの重力分布図





図11:内部の密度を一定と仮定した時のイトカワのポテンシャル分布図


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著者紹介


阿部新助(あべ しんすけ)
神戸大学大学院自然科学研究科・COE研究員
参照ホームページ

平成 8年  日本大学理工学部航空宇宙工学科卒業;燃焼器の流体音響の研究。
平成10年 名古屋大学大学院素粒子宇宙物理学(太陽地球環境研究所)修士課程終了;彗星プラズマテールの研究。
平成13年 総合研究大学院大学(国立天文台)博士課程終了(理学博士);流星と流星痕の分光学で学位を取得。
平成13年 宇宙科学研究所(ISAS)・研究機関研究員;探査機「はやぶさ」搭載機器開発に参加。
平成15年 日本学術振興会海外特別研究員(チェコ共和国・オンドレヨフ天文台);流星と流星痕の研究。
平成17年 神戸大学大学院自然科学研究科・COE研究員着任;ISAS/JAXAにて「はやぶさ」小惑星探査に参加。

専門は,流星・彗星・小惑星などの太陽系小天体の観測的研究。
「はやぶさ」ミッションのほか,NASA国際航空機流星観測ミッションなどに参加している。

向井正(むかい ただし)
神戸大学大学院自然科学研究科・地球惑星システム科学専攻・惑星システム科学大講座・教授
参照ホームページ

平田成(ひらた なる)
会津大学・講師(4月に神戸大学から移動)
参照ホームページ


画像・写真の著作権情報について

図1,2,6,9,10,11
転載可能です。著作権は本論文の著者にあります。
出典は「阿部新助(神戸大学)提供」等と記してください。

図3,5,7,8
転載可能です。著作権は本論文の著者にあります。
出典は「阿部新助(神戸大学)提供」もしくは,「S.Abe et al., Science 312, 1344, 2006」等と記してください。

図4
転載可能です。著作権はISAS/JAXAと本論文の著者にあります。
出典は「ISAS/JAXA、阿部新助(神戸大学)提供」等と記してください。

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転載は可能です。
出典は「ISAS/JAXA提供」等と記してください。


最終更新日 2006年6月2日